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「メフィスト」小泉直子編集長が語る、定額会員制の読書クラブへの挑戦 「クローズドなサークルを作りたいわけではない」

初めて読んだ時の感動と興奮という呪縛から未だ解けない

――出版社を志望した頃の話から聞かせてください。

小泉:私は、2014年に講談社に中途入社して現在に至りますが、今いる文芸第三出版部には2003年から2009年まで、フリーランスで働いていたことがあります。

――通称・文三ですね。時代によって組織改正や名称変更もありましたけど、ざっくりいうと、1980年代後半から綾辻行人の『館』シリーズなど新本格ミステリーを続々刊行し、そのムーブメントを背景に「メフィスト」を創刊したエンタメ小説の部署。

小泉:フリーランスの頃は文三に6年ほど在籍していました。辻村深月さんのデビュー作『冷たい校舎の時は止まる』(2004年)を担当しました。その後、ポプラ社に転職し、5年ほど一般文芸の書籍の編集をしていました。ドラマ化された大沼紀子さんの『真夜中のパン屋さん』を担当していました。その後、講談社に中途入社し、今年で8年目。実はトータルでは文三歴は長いんです。

――そもそもフリーランスの編集者って、どのようになるのですか。

小泉:大学時代、出版社で働きたい思いがあって、講談社の女性誌「Grazia」でアルバイトをしていました(2013年休刊)。大学卒業後はアパレル通販雑誌の会社に普通に就職したんですが、「Grazia」の編集者が異動した文三で手伝ってくれる人を探している、未経験でもいいという話があって面接を受けました。すぐに会社を辞めてフリーランスで働き始めたんです。そこは、縁ですよね。

――文三といえばまずはミステリーですが、もともと読んでいたんですか。

小泉:実はそんなに読んでいませんでした。ただ、最初に辻村さんを担当させてもらったことが自分にはとても大きくて、初めて読んだ時の感動と興奮という呪縛から未だ解けないというか(笑)。ミステリーと物語性の融合という意味でこんな作家さんがいるのかと衝撃を受けました。もう定年でお辞めになっていた宇山日出臣さんとも社内でお会いして、ぎりぎり交流がありました。

――2006年に亡くなった宇山日出臣さんは、綾辻行人、法月綸太郎、我孫子武丸、歌野晶午など新本格ミステリーの作家を次々にデビューさせ、講談社文三の名を高めた伝説的編集者ですね。

小泉:ある日、出社したら2003年に宇山さんが立ち上げたレーベル「講談社ミステリーランド」の本がたくさん詰まった紙袋が、「読んで」という感じで机に置かれていたのを覚えています。

――正社員として2014年に文三へ戻ってからは、どんな仕事をされましたか。

小泉:新レーベルだった講談社タイガの立ち上げにかかわりました(2015年創刊の文庫レーベル)。それは紙で発行されていた「メフィスト」が電子化された時期でもありましたけど、後に現在のこんな体制になるとは思っていませんでした。

「メフィスト」小泉直子編集長が語る、定額会員制の読書クラブへの挑戦 「クローズドなサークルを作りたいわけではない」

一緒の居場所が作れたらというのが一番の目標

――今回のリニューアルのプロジェクトは、社内ではいつぐらいから始まったんですか。

小泉:2020年に鍛治佑介が文芸第三出版部部長になった頃からですね。従来とはなにか違う形ができるのではないかと模索するなか、鍛治が温めていた会員制読書クラブというアイデアを事業として立ち上げたんです。

――その議論の段階から参加していたんですね。

小泉:自分に「メフィスト」の編集長ができるか不安はあったのですが、中心のメンバーとして動いていました。会員制読書クラブを編集部だけで具体化するのは社内のシステムでは不可能だったので、ファンクラブ運営を業務とする会社と組んで運営しています。

――構想を練るうえでモデルになったものはありますか。すぐ思い浮かぶのは音楽や映像のサブスクリプションですが。

小泉:部長が目指していたのは、音楽のファンクラブに近いもの。アーティストの会報誌が届くように「メフィスト」が届き、グッズを販売したりイベントを開いたりできたらいいなと考えていました。NetflixやAmazon Primeのようなサブスクのシステムとはまったく違うものです。読者にサービスを提供している、受け手側がサービスを享受しているという発信のしかたや感覚だと、齟齬が出てくる気がするんです。そのため、ホームページには「本好きのあなたと一緒に作る会員制読書クラブ誕生!」と書いています。読者と一緒に作っていきたい、ミステリーに限らず謎が好きな人たちが集まって新しい情報を共有したり、交流できるような、一緒の居場所が作れたらというのが一番の目標です。

――綾辻行人さんや有栖川有栖さんをはじめ、文三や「メフィスト」とかかわりの深い作家には大学のミステリー研究会出身者が多いですね。会誌を作ったり、作家を呼んでイベントを催したり、ファン同士で交流してわいわいやる文化がミステリーやSFには昔からあって。

小泉:そういうものへの憧れが私や部長にはあって、まずは核の部分を立ち上げて、ここから自由に派生していったらいいなと、みんなで考えながら、今、手探りで作っています。

――過去には一つの雑誌のなかに小説、対談、書評などがある形でしたけど、リニューアル後は紙の雑誌には小説のみ掲載、LINEで書評を配信、トークイベントをオンラインで開催というように分散した形をとっていますね。

小泉:みんながスマホですべての情報を入手するようになった今、手のひらの中でいろんなものが見られる、手のひらに届くということをやっていきたい。そう考えて、LINEでミステリーの書評やガイドの情報を送っていくことにしたんですが、せっかくの情報をストックして後からふり返って読める場所があった方が良いと気づき、環境を整えるなど、システムの整備に、ひとつひとつ考えながら模索しています。新しいことばかりで大変なことも多いですが、面白い試みだと本当に思っています。雑誌の「メフィスト」収録作の編集、メフィスト賞の選考、グッズ作り、LINEの配信など、メフィストリーダーズクラブはまだまだ挑戦していきます。

――紙の雑誌は季刊、LINEのコンテンツはどんどん配信と、サイクルの違う仕事が並行して進むなか、トークイベントも催しているんですよね。

小泉:最近では青崎有吾さんと若林踏さんにおすすめのミステリーを語ってもらい、あっという間の1時間でした(1月22日配信)。「メフィスト」自体は小説しか載っていないものにして、雑誌の「雑」の部分はすべて即時性を重んじたいということで、ウェブでの発信、オンラインのイベントで、よりリアルタイムの情報をお届けできたらと取り組んでいます。雑誌に書評などの新しい情報を載せる場合、どうしても1カ月くらい時間がかかってしまう。そうではなく、例えば『黒牢城』でミステリランキングを席巻したばかりだった米澤穂信さんに、そのタイミングで気持ちを語ってもらいたいと、昨年12月23日にトークライブに出演していただきました(1月に同作で直木賞受賞)。今だからできる「雑」誌の形を目指しています。一方、小説の方は、ゆっくり紙で読みたいという人が本好きには多いと思いますし、私たちも残していきたい文化です。そこは紙にこだわって、小説は紙の雑誌でお届けすることにしました。

――小説に関して電子版の形を継続することは考えませんでしたか。

小泉:自分が会員になったのに前の号が読めないという事態は避けたいので、期間は限定的になりますが、ウェブで読めるブラウザ版のバックナンバーを有料会員向けにご用意しています。と同時に、紙のバックナンバーの販売も会員限定でこれから行います。ただ、電子書籍での発売はまったく考えていません。

――会員制読書クラブを実際にスタートしてみて読者からの反応はどうですか。

小泉:LINEでアンケートをとることができるのですが、すごくリアクションがいいんです。今まで編集部と読者は、サイン会などでしか、つながる機会があまりありませんでした。今は、ダイレクトにすごくつながっている感じがします。読者からこういうイベントに参加してみたいなどの意見もたくさん寄せられますので、なるべくお答えしていきたいです。

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